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201604092344

「きいろとピンクと綺麗な水色、うすいむらさき」の「ピンク」の近況を確認に行ってきました。


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最高はひとつじゃない2016 SAKURA
行ってきました。

このブログだと「余談」感がありますが、
一応わたしの中では本流、考えるヲタクとしてここまで続けるきっかけになった人・博貴。

2016年の目標にも「博貴に会いに行く」と書いておりましたが、良い現場に巡り会え早々にその目標を達成してきました。

余談だけど、書かせてください。


さて、ものすごくネタバレをします。
もう千秋楽なのでだいじょうぶかとは思いますが、思いっきり本筋にふれますのでご承知のうえ。


この舞台はくればさんの舞台で、博貴は「主演として迎えいれ」られたという状況。
そのわりに、一幕の途中まではまるで存在感が薄く、ほんとに主演か?と思いました。その存在感のなさまで演技だったとわかったときの衝撃がすごかった。
主人公が「他人事」だと思っている間は存在感がなかった。自分の意志で動き始めてから、凄みが出て。言葉だけじゃなくて、表情だけでもなくて、オーラで演技ができる。
わたしがこの前に博貴の舞台を観たのは松竹座のオダサクでした。もちろんそれから今までの間に何作もの舞台に立ってる。オダサク観た時もすごく上手くなったなぁと思ったけれど、もう並じゃない、今の博貴は立派なミュージカル俳優です。
殺陣もその時の気持ちを表現した素晴らしい立ち回りで、めちゃくちゃうまかった。伊達にSHOCKやってない。さすが、かっこよかった。

博貴はとにかく顔が、姿が、幻想的なまでに美しくて、それはもうどうしようもなくて、2年ぶりに見ても相変わらずの美しさで、劣っていかないことがすごかった。あらためてびっくりした。
博貴が誇りを失わずにいるから、その美しさも変わらずに輝き続けてるんだと思う。


物語は桜の話で、ソメイヨシノの話で
ソメイヨシノ(よしのくん)の擬人化である博貴の役柄が、
博貴に対して周りの皆が投げかける言葉が、
そこに立っているのがソメイヨシノのよしのくんなのか博貴なのか誰なのか、わからなくさせる。
だんだん、そこにピンクの帯を巻いて立っているのは博貴なんじゃないかと思えてくる、それはもちろん博貴なんですが。

「あきらめないで」「やめないで」そこに立っているのは博貴で、
「過去にしがみついて」「立ち止まるのがこわくて」「流れにまかせて」るのは博貴で、
そしてわたしたちで。
「変わらずにそこに立っていることで救われる人がいる」って台詞があったんですが
わたしはまさにそこで虹色のレーザーを浴びながら相変わらずのオーラでそこに立って歌っている博貴を見て、
ほんとうに、やめないでずっとわたしたちの前に立ち続けてくれていることに感謝していた
博貴が変わらずにここにいてくれていることで救われているのはわたしだな、と思った。

話が進めば進むほど、博貴の話になってきて。
最後のほうに、トムさんの言葉で、「桜は一瞬咲いて、散って、実際は咲いていない時のほうが長い」「裸でそこにいるようなときのほうがずっと長い」というのがあって
博貴はそれに対して「僕のこと、知ってるんですか?」って返すんですよ。

そのやりとりを聞いて、確信した。
そこに立ってるのはソメイヨシノであって博貴なんだと。

 
(まあ勘違いならそう思わせるような演技をする博貴がわるいってことにしとこう)


そしてこの舞台は博貴の魅力をあますことなくあらわしてくれました。
これまでしばらくのあいだずっところされていた、博貴の魅力。アホなところ、かわいいところ、かわいいところ、かわいいところ、アホなところ、大阪弁
アイドル全開の発声、そのくせ美しく伸びる歌声。首が入ったしなやかなダンス。
かわいいところ。かわいいところ。かわいいところ。大阪弁
美しい髪も、しばらく見ていた暗い髪じゃなくて明るい茶色で、前髪もしゃらしゃらしていて、泣きの演技で後頭部の髪が逆さ向いてふわふわしていて、王子顔によく似合う王子髪で。
着物も綺麗なグレーにピンクの帯。
もうこれ以上ないほどだった。


そういうところも含めて、くればさんが博貴に投げた言葉は「前に進め」だった。
そこが今回の肝で。
前に進む、
やっと、博貴は前に進めるのかもしれないなと
それはちょっとだけ淋しくもあって、淋しいとか思う自分はやっぱり畜生錦戸担だけど

博貴が、博貴のままで前に進めるかもしれない
そのままの博貴の背中を押してくれる人がいる、博貴は人に恵まれてる。

ずっとずっとがんばってる博貴が、これからもずっと輝き続けられるように、博貴の誇りが消えないように

もちろんテレビに出てくれるのがわたしたちには嬉しいことだけど、
こんなに美しいなら、わたしが舞台を観に足を運べはいいのか、とも思ったり

かたちはひとつじゃなくて。

やっぱり博貴が、わたしたちの愛おしい博貴が、そのままの姿でわたしたちの前にい続けてくれればなんでもいいのかな。

だから博貴の、博貴にとっての「前に進む」がどういうものであっても、きっとこれからも仕事が決まるたびに嬉しくてそれには変わりがないのかも。

アホ、しっかりチャンス掴めよ!


夏また観に行きたいからわたしもがんばります。
CD出ないかな、博貴のラップ、悪くなかった。