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201606052201

わたしのツアーの終わりとつらかった1年9ヶ月の終わり



なんかあとあと読んで自分でもよくわからなかったオーラスの朝に上げた記事の冒頭部分
たぶん、わたしが言いたかったのは、
ほとんどの人は気づいていないかもしれないけれど、それで救われた人もいるんだよってことだったんだと思う。
ずっとギュペンやってるのがつらかった。周りばかり見て。でもわたしは自分の頑固さを変えられなかった。
ミンくんのことがあってから、スジュに随分入れ込んでしまって、たくさん現場に入って、
でも観ていて楽しくないから洞察力みたいなものばかり身についてきて、そしたらそれ以前よりもずっと、ギュのことをよく見られるようになった。


よく見てみてみたら、新しいことがたくさん見えてきて
ギュが開かせてくれた価値観があった。
ギュが溶かしてくれた頑固があって、
ギュが、溶かさなくていいって、もちろん言ってはないけど、肯定してくれているような気がするそんな頑固があった。


ギュのおかげでバラードが聴けるようになった。
バラードどころか、人の歌のうまい下手が突然わかるようになった。
ギュの頭の回転が、沈黙の拍数でイメージできるようになってきた
そういうふうに、日常でも人を"見る"ことができるようになった(気がする)
今が好きで昔のものは見ないわたしに、不朽を見てみようと思わせてくれたし、
日本のツアーで韓国語の曲なんて、と思うわたしに野生花と記憶の習作のすばらしさも教えてくれたし
それでもわたしの、ここは日本だからっていう考え方をギュは肯定し続けてくれた。最初から最後まで。


ほんとはね、あんまり言わないようにしているけれど(自分のほうがレアだということはわかっているから)
わたしは、日本で観られるんだったら日本で観ればいいって思っていて
日本用にわざわざ用意してくれたものがあるのに、本国や別の国まで無理して(無理しないといけないから、これも大きな理由なんだけど)行かなくて良いと思っていて。
それが特別な何か(アジトみたいな)だったら考えるけど、そうでなければわたしは行けないんです。
見送りだって、日本の最後が観られたらいいってずっと思っていて。
それはあの3人がエイネでちゃんとやってくれたから、それがとってもとっても嬉しかったからというのも大きいけれど

そういう考え方の人に、なかなか、出会わないじゃないですか(いるんだとは思うけど)
いつも、わたしのようにけっこう入れ込んでる熱度でミュージカルに行かないというのが通じなくて困っていた。
もちろんわたしがこんなポンコツじゃなくてもっとお金があったら話は違ったのかもしれないけれど、わたしは生きていかなければならない中で、わたしのできる精一杯で、優先順位をつけたら、韓国で観るミュージカルは負ける。
ギュは幕張で、言いましたよね、「あらためていつもありがとう」みたいなことを。
言えないんですよね、ぎゅ、ちゃんとしてるから、本国で。
わたしは、ミュージカルも、こちらでやってくれるのなら行く(行った)
だってわたしは日本にいて
わたしはそこをずっと、崩せなかった 
みんなが崩しているそこがどうしても崩せなかった
ギュペンじゃなければよかったのにって何度もおもったけどわたしはギュペンで、みんなと違ってもわたしはギュペンで
でもしんどくてほんとうは、ギュペンの傍らでやるシウォンくんの応援がわたしの中で唯一の癒しでした(シウォンくんに失礼で申し訳ないんですが)
何も考えずに楽しくやれるのはシウォンくんの応援だけだった
それでもうシウォンくんがいなくなってわたしには逃げ場所がなくなって、今までで一番しんどかったのがこのツアーの始まる前から広島、横浜を挟んで、名古屋入るまでの間でした。


話が戻りますが
アジトでギュが、5日幕張で言ったのとちょうど反対のようなことを言っていて
韓国だから韓国語で話します、でも来てくれてありがとうって。そして奏を歌ってくれた。
わたしそれを聞いてやっぱり自分は、マイノリティではあっても、間違ってないと思って、もう渡韓しないどこうと思った
わたしは、ギュが好きで、日本で観るギュがもっと好きで
ほんとうにそう思って
何度も言うけどそう思えたのも含めてアジトは行ってよかったと思っていますけど

君がどこにいたって僕の声で守る

だったらわたしは日本にいる、と思った。
(我ながらメルヘンだな)



ツアーが終わってみてあらためて思ったことがありました。
ギュは、絶対に、ソウルまでとかどっかまで来いって言わない。韓国語を覚えろとも言わない。
自分が日本に来るし、自分が日本語を覚えるでしょう。日本だから日本語でしゃべる。
そのぎゅの正しさをあらためて目の当たりにした。
その正しさがわたしを救ってくれたんです。




日本ツアーが決まって
ほんとうに嬉しくて、がんばり時はここだと思った。
そのうちギュも入隊するようだし、わたしは最後ぐらいの気持ちでこのツアーに入ろうと思いました。
わたしは人生24年、アイドルヲタク17年
ほんとうに、やったことないぐらいがんばって(自分比ですけど、あたりまえに)
これぐらいやったら、たぶん観たことないくらい近くの距離でギュに会えて、いい想い出になるだろうとか思って
いつもだったら接触なんてなんの興味もないのに、最後だし、とか思って。
それでもやっぱりミーグリは当たらなくて、通路側に何回入ってもことごとくわたしの横は通らなかった。これだけ入ってしかもホールなのにそんなに前にも入れなかったし、ペンサもなくて。
がんばってもがんばっても、ギュはやっぱり遠かった。

それはわたしが最初に決めた距離感で
自分が決めたのに自分が踏み越えようとしていた。踏み越えられなかった。ほんとうに踏み越えたかったのかな。幕張終わってみたら、もうわからない。あんなに血眼になっていたのに、もうなんにも思わなくて、
今わたしが思うのは、やっぱりトロッコに乗ってるギュが一番大好きだった。

トロッコに乗って、広がるわたしたちの笑顔を嬉しそうに眺めて、青い光を愛おしそうにしているギュがやっぱり一番好きだった。


我を失わせてくれたのも我を取り戻させてくれたのも、ギュでした


このツアーで最後だとずっと言ってました。(ここには書いてたかな、書いてなかったかもな)
でもその最後っていうのは、苦しむのはもう最後、という意味で
ギュのことは大好きだし、ギュがこれからも一緒って言うならこれからも一緒だから、
ペンをやめるわけではないし現場もわたしのやれる範囲の中で入るけれど

もうしんどいのは、十分、自分のためになったかなと思っていて。
だから、いろいろ思うのとか、考えるのとか、やめられればいいなと。

ぐちゃぐちゃのすじゅを、愛さなきゃって思って、そのままずるずると2年近く経ってしまった。
すごくしんどかった。
上にも書いたように、やればやるほどギュペンやってるのがどんどんしんどくなってきたし、それ以前に、メンバーの誰を観ていてもしんどかった。
楽しくみられた記憶があるのは、ウネのツアーの4月5日ぐらいでした。
このツアーの名古屋に入るまで、もう、楽しくライブを観ることさえ、忘れていた。

名古屋の26日、ほんとうにひさしぶりに、なんにも考えずにただ楽しくて
あまりにもひさしぶりで驚いてしまった。
27日も
5日の幕張も
すごく良く笑った。
スジュに出会ったときの嬉しさを思い出した。

それはギュの実力で、ギュがみせてくれた奇跡のようなものでした。



終わってみて、わざわざやめるとか最後とか決意をしていなくても、わたしのもやもやはもしかすると、ちゃんとこのツアーで全部はれて、勝手に元に、しんどくなかった頃に、戻れたのかもしれないな、と思った
もしかしたら、最後だと思ってわたしが心の中でむりやり片づけたのかもしれないけど、
でもギュのしたこと、ギュの言ったことでそう思えたのには変わりがないから。



理屈の部分から感覚の部分まで、結局全部肯定してもらった気がする。
気のせいかもしれないけど、気のせいでもそう思わせてくれるギュってやっぱりもの凄いアイドルだなぁと思った
わたしはここでわたしの話しかしてないけれど、もちろんわたしとぜんぜん違うやり方でギュペンしてる人もたくさんいる中で、
たぶんギュはその中の誰も否定していないと思うんです。

それを幕張終わってからボヤーっと考えていて。
ぎゅーちゃんにとってえるぷは絶対なんだろうなぁと思った。
わたしたしか何回か書いているんだけど、ギュはみんなに等しく正しくあるように、すごく考えて言葉を選んでいるんですよね。

そんなのギュの仕事がアイドルで、わたしたちがファンなんだから、当たり前だなんて思うかもしれないところだけど
なかなかそんなの夢物語で、
実現しないんですよふつうは。
それを実現させてくるのがギュで。


だからといってギュが完璧なのかと問われたら完璧ではない、"完璧ふう"なだけで、完璧ではないんです。

幕張の最後の挨拶なんてもうぜんぜん、完璧じゃなかったし、甘ったれててグズグズだったし(笑)


なんかそういうぐずぐずだったところまでみて、夢のようだったなぁと思ったツアーの終わりでした。
回数入ったからわかったこともあったと思うし、いろいろ思ったから行き着いたこともあったと思うし、なんの後悔もありません。



ほんとうにどうでもいいけど、わたしはこのツアー中に過労で倒れたり引越決まって家を決めたり引越したり異動したりして忙しかった 
でも時間ない中で諦めずにずっと書き残してきてよかった、ギュのこと大切にしてきてよかった。
ふつうに生きてて(わたしのふつうとして)
思えないことを、感じられないことを、ギュとシウォンくんは、たくさん教えてくれる。
わたしの足りない人生経験をちょこっと埋めてくれる2人にわたしはいつでも感謝してます。
いつもありがとう。
これからもよろしくね。